司法書士
吉原有規
司法書士吉原合同事務所代表。
モットーは「納得できる相続を増やす」こと。相続専門の司法書士として、誰に相談したらよいかわからない悩みを丁寧にお聞きし、一緒にベストな解決策を考えることで、「納得の相続」を増やしていくことを目指している。
趣味は旅行とグルメ。自分の直感で選ぶと大体失敗することから、旅の前には情報を徹底的に調べ、実際に行った人の声や情報を参考にしながら評価が高いところを巡っている。
[生前対策]
家族信託で不動産だけを信託した場合、修繕費・固定資産税・売却時の諸費用などを支払うための資金管理で困ることがあります。この記事では、預貯金も信託財産に含めるべき理由や、信託口口座の役割、受託者個人口座で管理する場合のリスクを解説します。
目次
家族信託の相談を進めていくと、こんな疑問をお持ちの方が少なくありません。
「実家の管理を子どもに任せたいから、不動産だけ信託すれば十分じゃないですか?」
「預貯金は普通に引き出せるし、わざわざ信託に入れなくてもいいのでは?」
気持ちはよく分かります。家族信託というと「不動産の名義を子どもに移す手続き」というイメージが強く、預貯金まで信託に入れる必要性がピンとこない方は多いです。
ただ、結論から言うと、不動産だけを信託して預貯金を対象外にすると、実際の運用で思うように機能しない場面が出てきます。
不動産を管理するには、固定資産税・修繕費・売却時の諸費用など、必ず「お金の管理」が伴います。つまり、管理する権限だけを渡しても、そのためのお金を動かせなければ、いざというときに手続きが止まってしまうのです。
なぜそうなるのか、整理します。
まず全体の整理から入ります。
原則:預貯金も一定額は信託財産に含めた方が運用しやすい
不動産には維持費・修繕費・税金が発生します。認知症後は親の口座を自由に動かせなくなる場面があります。そのため、不動産の管理権限と、それを支えるお金の管理権限をセットで受託者に渡すことが、信託を機能させる基本設計です。
例外:不動産のみでも一定機能するケースもある
信託対象が自宅のみで維持費がほとんど発生しない、生活費は年金で十分賄える、受託者が立替払いできる経済的余裕がある——こうした条件が揃っていれば、不動産のみの信託でも動くことはあります。
ただ、実際の相談では、これらの条件がすべて揃っているケースは多くありません。まずは「なぜ預貯金も必要になるのか」を3点に絞って説明します。
不動産を信託財産にして子どもが受託者として管理するとき、以下のような費用が発生することがあります。
特に「認知症が進んでから不動産を売却したい」という場面では、こうした費用が一度に発生します。不動産を動かす権限はあっても、費用を支払う財布がなければ手続きが前に進みません。
測量や解体は数百万円単位の費用が発生するケースもあります。当事務所でも、家族信託のご相談では、将来の売却・測量・登記費用まで見越した資金設計を重視しています。不動産の管理権限だけを設計して、費用面が後手になるケースを実際に多く見てきたからです。
「費用が出たときは、親の通帳から払えばいいのでは?」と思われるかもしれません。
しかし、実務上、多くの金融機関では、口座名義人の判断能力に疑義があると判断した段階で取引を制限することがあります。家族であっても、委任状や代理人カードだけでは大口の引き出しや振込に対応してもらえないケースが少なくありません。
認知症の進行後、まさに費用が必要なそのタイミングで口座が動かせなくなる——これが、預貯金を信託に入れなかった場合の典型的な詰まり方です。
「子どもが自分のお金で立て替えればいい」という考え方もありますが、これには別のリスクがあります。
善意で修繕費や施設入居費を立て替えたとしても、他の兄弟姉妹から「その費用は本当に親のために使ったのか」「なぜ相談なく動いたのか」と疑念を持たれる可能性があります。
信託口口座があれば、「いつ・何のために・いくら使ったか」が口座の記録として明確に残ります。受託者が適切に管理していたことを後から証明できるため、これは受託者自身を守ることにもつながります。
「信託口口座を開設しなくても、受託者(子ども)が自分名義の口座を別途用意して管理すればいいのでは?」という疑問も出てきます。
信託口口座の開設に対応している金融機関がまだ限られているという現実もあり、受託者個人の口座で代用する形で運用されているケースも存在します。
ただ、この方法には3つのリスクがあります。
リスク①:分別管理が崩れやすい
法律上、受託者は信託財産と自分の財産を分けて管理する必要があります(信託法第34条)。受託者個人の口座で管理すると、見た目上は同じ人の口座のお金です。お金の混在が起きやすく、後から「公私の区別がついていたか」を問われる場面が生じるリスクがあります。
リスク②:受託者の死亡・破産から財産が守れない
信託口口座に入っているお金は「信託財産」であり、受託者個人の財産ではありません。そのため、受託者が死亡・破産するような事態になっても、信託財産は差押えや相続の対象になりません。
一方、受託者個人の口座で管理している場合、そのお金は見た目上「受託者の財産」です。受託者に何かあれば、親のお金が巻き込まれるリスクがあります。「子どもに管理を任せているのに、子どもに何かあったら親のお金が取られる」——これは信託の目的を根本から覆す事態です。
リスク③:管理の透明性が低くなる
個人口座では受託者の生活費と信託財産の支出が混在しやすく、後から追いかけるのが困難です。先述の「疑惑の火種」問題がより起きやすくなります。
すべてのケースで必須かというと、そうとも言い切れません。信託財産の規模が小さい、受託者が一人で他の相続人との関係も良好、受託者に債務リスクがない——こうした条件が揃えば、個人口座での管理でも大きな問題が生じないケースもあります。
ただ、信託は数年から十数年続くものです。その間に受託者の状況が変わることも十分ありえます。
信託口口座が開設できない場合の現実的な対応
対応している金融機関を探してそちらに預金を移すか、個人口座で代用する場合は信託財産専用と明示した通帳を用意し、固有財産との混在が起きないよう厳密に管理・記録することが必要です。どちらを選ぶにしても、「信託財産と個人財産を明確に分けて管理する」という原則は守り続けることが重要です。
「全財産を入れなければいけないの?」という疑問も出てきます。そんなことはありません。
目安として考えられるのは以下の項目です。
これらを合算して一定の余裕を持たせた金額を信託財産にするのが現実的です。残りの預貯金は信託の対象外のままでも構いません。必要額は物件の状態・家族の状況によって変わるため、専門家と一緒に試算することをお勧めします。
家族信託で預貯金を信託財産にし、信託口口座を開設する理由は「預貯金を守りたいから」ではありません。
この3点が揃ってはじめて、受託者が安心して業務を遂行できる環境が整います。
「不動産だけでいいのでは?」と感じている方こそ、一度、不動産の管理に実際にどんな費用が発生するかを専門家と確認してみてください。それだけで、預貯金を信託に入れる必要性がイメージしやすくなります。
当事務所では、不動産の管理・売却・測量・相続登記まで含めて、実際に機能する家族信託の設計をご提案しています。「とりあえず作る」ではなく、長期にわたって使える設計を重視しています。
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